『ショゴス・労働』(コズミック・クトゥルーシリーズ)
イヌイ ケン
1
人類の労働はAIに奪われる――誰もがそう思っていた。
だが、実際に職を奪ったのは「ショゴス」だった。
スライム状の体に無数の目玉を生やした、不気味な怪物。元々、南極で探検隊が発見した未知の生物組織から培養され、生まれたらしい。当初は「生命への冒涜だ!」「気味が悪い!」と非難囂々だった。俺だって気持ち悪いと思ってた。
だがコイツには、素晴らしい特徴があった。人の言葉を理解し、命令に従うのだ。人の言うことを聞き、馬力があり、何時間でも働き続ける。まさに理想の労働者だった。
瞬く間にショゴスは商品化され、企業に導入され、そして単純労働を次々と置き換えていった。AIが知能労働を奪う前に、肉体労働を怪物が食いつぶす__誰がこんなことを予想しただろう。
そしてついに、俺の職場にも「ショゴス」が現れた。
2
俺は某県の缶詰工場で働いている。以前は別の仕事をしていたが、人間関係に疲れて辞めたのだ。今は非正規で黙々とライン作業をしている。単純作業が辛いと感じるヤツもいるだろうが、俺にはピッタリの仕事だ。
気楽な日々だった。が、今朝それが変わった。
朝礼もそこそこに、リフト車で巨大な水槽が運ばれてきた。地面にゆっくりと下ろされ、蓋が開けられる。おもちゃのスライムみたいに、玉虫色の粘体が自ずと流れ出してきた。
目玉がぎょろぎょろと動く。魚のような生臭いニオイが鼻を刺した。映像では見たことがあったが、実物は圧倒的に不気味だった。
「こいつに仕事を教えてやれ!」
いきなり班長にそう言われた。いつも無理難題を押し付けてくるが、今回はひどい。人間に教えるのも面倒なのに、怪物相手かよ。
俺は仕方なく声をかけてみた。
「……ついてこい」
無数の目が一斉に俺を見た。ギョッとして後ずさりすると、同じだけ進んでくる。そのまま俺が歩くと、同じ速度でついてきた。なるほど、従順らしい。
俺が教えるのは『ボール運び』だ。一方のベルトコンベアから流れてくる段ボールを、2メートル程離れた反対側のコンベアへ積み替えるだけの単純作業だ。俺がやって見せると、ショゴスは「テケリ・リ……」「テケリ・リ……」と、得体の知れない音を立てながら観察していた。
「……やってみろ」
するとショゴスは、段ボールを体に載せ、ベルトコンベア間をゆっくりと運び、正確に下ろした。
「おぉ……」思わず感心して声が漏れる。
作業を見ていた班長が
「やっと動くようになったか」
「じゃあ、お前はさっさと持ち場に戻れ!」
と言い捨てる。俺は渋々、自分の仕事に戻った。
3
怪物が職場にいる、という違和感は数日で消えた。
それほどショゴスは働き者だった。疲労という概念そのものがないのか、何時間も、何日でも変わらないペースで働き続けていた。工場が稼働している間はずっと働き、夜は命令さえしておけば、その場にずっと留まるので、ペットみたいに小屋を用意する必要も無い。機械のようでいて、ソフトウェア・ハードウェア双方が「柔軟」なのが、コイツが人気になる理由だろう。
しばらくすると、俺は「餌やり」を任された。ショゴスは食欲旺盛なので、三時間おきに堆肥袋ほどの量の固形飼料を与えなくてはならないのだ。
俺は今日もいつものように「ボール運び」の現場を訪れ、ショゴスの手前あたりの床に直接袋をぶちまける。ショゴスもさることながら、この餌も肉が腐ったような悪臭を放っている(家畜のくず肉を寄せ集めた合成飼料らしい、詳しくは知らない)。
ショゴスは一目散に覆いかぶさり、ぬめった体で食らいついた。その場でしばらく蠢いたのちに、仕事場に戻っていく。器用なもので、餌はきれいさっぱり無くなっているのだ。床のホコリごと食ってるんじゃないだろうか?
毎日世話をしていると、不気味な怪物でも、次第に愛着すら湧いてくる。自分でも不思議だが、つい声をかけてしまった。
「お疲れさん。今日もありがとな」
ショゴスは気にせず、飯にありついている。当たり前だ。言葉が理解できるからといって、感情があるとは限らない。
とはいえ、話しかけて何か損がある訳でもないので、しばらく給餌のたびに声をかけていた。時折、「テケリ・リ……」と鳴き声を発するので、ペットみたいで意外と愛らしい……かもしれない。
・・・
一ヶ月ほど経ったある日。餌袋を担いで歩いていると、バシッ、バシッと乾いた音が響いた。
駆けつけると、班長が手に角材を持ち、ショゴスに打ち付けていた。
「何してるんですか!」
「見て分からんか? コイツを『修正』してるんだ!」
「もっと早く、効率的に働かんか!」
俺は慌てて腕を押さえた。
「そんなに殴ったら可哀想ですよ!」
「可哀想だと? バケモンに情けなんか要るか!」
ショゴスは殴られながらも、黙々と働き続けていた。
「それに餌も減らせ!」
「飯代がかかって仕方ない、これじゃ人間の賃金と変わらんじゃないか!」
なおも庇おうとする俺を、班長が睨みつける。
「お前も修正してやろうか?」
コンコンと床を叩いて脅すその姿に、言葉を失った。……結局、俺は背を向けるしかなかった。暴力に屈するとは、我ながら情けない。
4
餌やりは一日一回に減らされた。餌をやるとショゴスは飛びつくように貪る。その様子は見るに堪えなかった。そして班長は、相変わらず「修正」と称して殴り続けていた。
そんな日々が続いたある朝。俺が餌やりに行くと、ショゴスの様子がおかしかった。
褒められようと殴られようと、一秒たりとも作業を止めなかったのに、今はその場で立ち止まっている。
妙だな、と思いつつ餌を撒いてみる。やはり動かない。いつもなら勢いよく食らいつくのに。
腹でも壊したのか? 班長がこの様子を見たら、きっと顔を真っ赤にして怒るだろうな。とはいえ、俺にできることはない
戻ろうと踏み出した俺のつま先に、何かが当たる。
角材だ。
そういや、班長はどこに行ったんだ?
・・・
それからの事は、俺もよく理解できていない。
確かなのは、班長が「いなくなった」ということだ。
タイムカードは切られているし、目撃情報もあるので、確実に出勤していたはずだ。しかし、件の「ボール運び」の現場に移動してからは、誰も彼の姿を見ていないのだ。
肝心の監視カメラは、何者かによって電源が切られており、証拠となる映像も残っていない(大方、やましい行いを隠すために、班長が切ったのだろうと噂されている)。
俺も、たぶん他の皆も、警察も、ショゴスを怪しんでいた。あれ以来、ショゴスは全く仕事をしなくなったからだ。ただ人間が近寄ると、何かを訴えかけるかのように、いくつもある目でジッと見つめてくるんだそうだ。
にもかかわらず、決定的な証拠が見つからない為に、班長は行方不明者として処理された。
・・・
例の失踪事件の後、ショゴスは専門の研究施設とやらに移送された。とにかく、事件の原因を究明する必要があるからだ。ショゴス関連の法整備はまだまだ未熟で、刑事と民事、どちらの観点から責任を追及したら良いのかもはっきりしていない。
それから会社はどうしたのかというと、懲りずに新しいショゴスを購入した。
水槽のようなケースから出し、仕事を教える。唯一変わった点としては、作業場所には赤いラインが引かれた。「ここから先は危険なので入るな」という意味で、つまり会社からすれば、これで問題は解決したのだった。
俺は今日もショゴスに餌をやる。
ふと思った。何故こんな生物が、南極大陸から発見されたんだ?
もしかしたら、南極には人類も知らない未知の文明があって、ショゴスはそこで使役されていた生物なのではないか?だとしたら、その文明はどうなったのだろう?
ショゴスはそんな俺を気にせず、一心不乱に餌を食べている。俺はまた、思いがけず話しかけてしまう。
「今日も頑張ってくれてありがとな」
こんな言葉をかけるのは、俺がショゴスの苦労をねぎらっているとか。友好的な関係を築きたいとか、可愛いと思っているだとか、そんな理由ではない。
__人類文明が滅ぶその時に、どうか俺だけは見逃してほしいからだ。
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岩手のクトゥルフ作家・イヌイケン
『ショゴス・労働』
杉村修の所感。
彼とは岩手安比高原で年二回開かれるeスポーツイベント。G019サミットで出会った。
TRPGブースでスタッフをしていた彼は、クトゥルフ神話の知識にたけている青年だった。
クトゥルフ神話小説書いてみない? と打診したのは私の方。
岩手(いわて)のクトゥルフ神話を広げたいという想いからだった。
イヌイケンは、真面目で、挑戦を恐れない人物だろうか。
しっかりと原稿を書いてくれた。それだけでも素晴らしい人物だと私は思った。
今回の作品は、ショゴスと労働についてだ。
切り口も良く。界隈では奉仕種族と言われるショゴスという生命体の設定を使い、
SF的な労働環境の変化を描いた社会派クトゥルフ神話小説である。
問題を提起し、読者に問いかける。
私たちの世界には、ショゴスはいないが、この小説を読んだとき、想起されるのは世界が開発を進めるアンドロイドだろう。
発売される日も現実を帯びてきており、彼の書いた物語と同じようになるかもしれないし、そうはならないかもしれない。
どちらにせよ彼の書いたクトゥルフ神話は、ただのコズミックホラーでは終わらせないメッセージ性のある素晴らしい作品だと思う。
これからも彼の作品に期待である。
岩手のクトゥルフ神話作家としての彼を出版面なども含め、サポートしていきたいと思っている。