SFショートショート集第三話『命の井戸掘り』

「命の井戸掘り」

 

                                                                   杉村修

 

 

「先生! パソコンにウイルスが入りました」

「そのまま放っておきなさい」

「先生! カーソルが勝手に動きます!」

「ジャンク屋で使えるマウスを買ってきなさい」

 今日のホームルームはそんな始まり方をした。

 僕たちの国は、世界でも貧しい国に入るだろう。一人あたりのGDPだってかなり、低い。

 しかし、やっとこの国にもパソコンが普及してきた。

 西暦2100年の今、この世界では総人口の一パーセントだけが有意義な暮らしをしている。

 それは100年前から変わりはしない、世界の法則だ。

 僕たちの住む国は長年の紛争が終わり、やっと豊かな国を目指し始めようとしていた。

 だけど、学校は未だに木造の校舎で、外に出ると茶色い草原と痩せた大地が広がっている。地域によっては地雷が山のように埋まっている場所もある。地雷の撤去作業で足や命を失うことも珍しくはない。100年以上経っても未だにそうなのだ。

 これも世界の法則。僕らの住む国の現実だった。

「ルア、今日も鍛冶場まで来てもらってもいいか?」

 友達のマテウスが話しかけてきた。いつものことだ。

「ああ、大丈夫だよ」

 僕は、隣の彼にだけ聞こえる声で返した。

 そんな僕やマテウスは有色人種である。昔はこれがきっかけで酷い差別や戦争が起こったらしいから、現代はまだ幸せな方なのだろう。少なくとも世界のエリート層はそう思っている。

 さてと……

 僕はパソコンのテキストファイルを開いた。

 すると、一週間の時間割が出てくる。

 今日は言語と、歴史、それに算数か。

 チェックし終わると、質問攻めにあっていた先生のホームルームが終わった。

 すぐに授業が始まる。

 一時間目は、言語。

 僕は聖書のファイルと、辞書のファイルを同時に開いた。

 前回の続きの節を先生が読み始め、僕たちもそれを耳にしながら同じように声に出して読んでいく。

 わからないところは辞書で調べ、それでもわからないところは先生に訊いた。

 それがこの授業のスタイルだ。

 聖書には神様のお言葉が載っている。なので僕たちはこの授業を必死で勉強する。おかげで、言語力も大人と会話できるくらいの能力が身に付くようになった。

 ちなみに僕は十六歳の八年生だ。まあ、これでも順調に進級してきたほうだろう。

 でも、やっぱり先進国の授業は凄いと聞く。何故なら意識をパソコンのなかに移動させて、授業を受けるというのだから驚きだ。

 正直うらやましいよ。まったく。

 ある日の朝、僕はいつものように学校に来ていた。今日は実習の日だ。

 とりあえず、始まる前にパソコンでインターネットを開くことにする。

 すると、ひとつのニュースが話題になっていた。

 VR世界で授業を受けていた生徒が現実世界に戻ってこない。

 という内容だった。

 その子たちは現在、寝たきりの生活を送っているらしい。

 こんな話を見たものだから、僕は朝から少し寒気がした。彼らの意識はもう戻らないのであろうか。

 心配した。

 周りの友達の中にはざまあみろと暴言を吐く者もいた。

 その気持ちも分かるには分かる。何故なら僕たちは、搾取される側の人間だからだ。ただ彼らの援助がなくては僕たちは学校にすら通えない。

 だから僕たちは受け入れるしかないのだ。すべてを……

 そして、今は勉強するしかないと思った。

 僕は暴言を吐いていた友達から視線をそらす。

 そのとき、『ゴーン、ゴーン』と鐘の音が鳴った。先生が教室に入ってくる。

 今日は、井戸掘りに使う掘削道具の設計図作りだ。今、この国に求められていることのひとつに『安全な水の確保』という課題がある。この国、いや世界全体の九割以上の課題であろう。そのために井戸掘り作業者になりたいと希望するものも少なくない。とても立派な職業だと思う。

 僕のパソコンの中には『井戸掘り道具専用』の設計ソフトが入っている。

 これは学校に支給されたものではなく、ネット上でダウンロードした特殊なフリーソフトだ。

 その関連フォルダには、掘削道具の設計図が入っていた。

 最近はその内容を紙にプリントし、町の鍛冶場まで持って行っては、マテウスと一緒に道具を作っている。

 マテウスは鍛冶屋の息子だ。主に生活用品である鍋や包丁の修理をしている。

 たまに僕たちの実習にも付き合ってくれる親父さんはとても優しかった。

 僕にはマテウスのような父親はいなかったが兄がいる。兄は僕のために必死に働いて学校に入れてくれた。本当に嬉しかったし、涙を流して感謝した。

 だから僕は必死になって勉強した。そして、とうとう今年で卒業である。

 無事証書が手渡されれば、町でもいい仕事につける。

 現在僕は、授業の他に先ほど話した井戸掘りの実習をしていた。これも学校の素晴らしい特徴である。むしろ今はそちらがメインだ。

「ルアの設計図通りに鉄棒に突起物を溶着したから、今日あたり見に来てくれ」

「もうできたのか!」

 僕はマテウスにグーでパンチをする。

「あたりめえよ! 相棒!」

 マテウスも僕に同じように腕あたりにパンチをした。

「よっしゃ!」

 そう、これが僕たちの日常なのだ。

 世界の先進国の子どもたちは、今ではVR世界に夢中であり、そこが天国だと思い込んでいる。

 授業だって素晴らしいだろう。だけどこれが僕たち途上国の限界さ。

 町の鍛冶場にいくとマテウスの親父さんが待っていた。

「よう、悪ガキども、来たか!」

「ホメロさん! 小口径井戸枠パイプが出来たって?」

 僕は興奮していた。

「落ち着けって、ほらよ」

 僕はマジマジとそれを見た。

「触らせてくれ!」

「ほら」

 僕の手がパイプに、触れる。凄く太く、ずっしりと重い。

 そして、この棒には仕掛けがなされている。地中深くまで穴をあけるために、吐き出し口を作っていた。鉄のパイプ棒に簡単に穴を開けたたけだが、これのおかげで水の層にぶつかる直前、泥水層の泥を掘るたびに掻き出してくれる。もっと説明すると穴をあけることによりパイプ下に泥が溜まる。それを抜いて外に出すと、たっぷりと泥がパイプの中に入っているという仕組みだ。

 ちなみにこれは二本目で普通の掘削棒も作ってある。

 棒の反対側も見る。こちらは棒を着脱できるようになっていた。これであとから棒を長くしたりできる。何より分けて運ぶことができた。

 よし。これで作業が始められる。櫓を立てる資材も滑車ももうできているし、あとは……穴を掘る場所。

 翌日。

「ルア君。順調ですか?」

「はい先生! 順調です」

 僕は木に寄りかかっていた所を先生に話しかけられた。

 あれは実習が始まった頃だった。

「実習は、各自皆さんに任せます。この貴重な最後の学生生活を使い、人のため、この国のため、思う存分知恵を絞り、協力しあい鳥のように羽ばたいてください」

 100年以上前、この国には夢を見る機会なんてなかった。紛争で人が死に、親のいない子が増え、町では犯罪が頻発、飢餓でまた人が死に、疫病が蔓延して、蔑れる人々がほとんどで、満足に家もなく、火もなく、路上には死体があり、明日を生きぬく力すらなかった国だった。

 少なくともそう授業では聞いている。

 それが100年後の未来、つまり現在ではそのほとんどが解消され、少しでも夢を描ける国へとなった。

 100年前は、画用紙にクレヨンで将来の夢を文字通り描くだけだった……

 実感はないけれど、今は本当に幸せなのだろう。

「ジェーン、いる?」

「わかってる。もう準備もできているわ」

 僕は別の教室にいたジェーンに話しかける。

 ジェーンはドローン班の班長だ。将来は農業用のドローンを使い、この国を豊かにしていきたいと思ってる女の子である。僕より一つ下の十五歳だった。

「じゃあ、明日はよろしく頼む」

「任しときなさい」

 頼りになる強い子だ。

 翌日僕たちは、支援団体の助力を得て車に機材を乗せ、学校から数十キロ離れた集落へと向かった。

 途中に車酔いをしたがなんとか吐かずに済んだ。

 メンバーは、僕とマテウスとジェーンに、先生と支援団体職員の六人だ。

 僕たちは集落に着くとまずは長にあいさつをしにいった。

「待っていたぞ。若人たち」

 長はそういうとすぐに『まじない』をしてくれた。

 話はすでに通っている。

 集落総出で手伝ってくれるらしいのでありがたい。

 僕たちが掘るのはもちろん『水』だった。

 予定通りジェーンはドローンを打ち上げ、それをスマートコントローラで操作する。

 このドローンは地形を見て、水脈がどこにあるか発見できるようになっている。

 水脈を発見するのには、数時間ほどかかった。

 いよいよ、僕とマテウス、集落の男たちの出番だ。

 まずは運んできた櫓と滑車を組み立てる。木材だったが丈夫な木を使っている。

 それを男たち総出で組み立てた。

 そしてすぐに、井戸掘りの作業が始まった。

「おーい。ジェーン! 垂直に突けてるか!」

「大丈夫!」

 彼女はドローンで上空から棒を突く角度がずれていないかを逐一チェックしてくれていた。

 集落の男たちも汗を流しながら、懸命にパイプを突くために滑車ロープを引っ張り、手伝ってくれる。

 そして、作業は順調に進んだ。

 三日後、とうとう泥水がでた。水脈にあたったのだ。

 集落中が歓喜に沸いた。神様に祈る人もいたし、僕たちに握手を求める人もいた。

 僕はその笑顔が何よりもうれしかった。

 あとは支援団体の仕事だ。すぐに本部に知らせがいき、翌日には協力隊が到着した。

 昔だったらこのあと泥水が透明になるまで作業をしなくてはならなかったのだが、いまは時代が違う。簡単にろ過してくれる装置がある。特殊なネットを貼り付け、終わりだ。

 それは僕たちの実習が終わった瞬間でもあった。

 僕はこの実習を永遠に忘れないだろう。

 あれから時は流れ、僕は今もこの国で井戸を掘っている。

 最近、よく僕は考える。あの学校がなかったらって……

 確かに最先端のVR技術を取り入れた授業は素晴らしいと思う。

 だけど、この世界を生きていくための勉強を教えてくれる学校のほうがもっと素晴らしいんじゃないかとも思うんだ。

 100年後はどうなるのだろう。

 僕はこの国の未来が楽しみでしょうがない。